問題
\((1)\) 一般角\(\theta\)に対し\(\sin{\theta}, \cos{\theta}\)の定義を述べよ。
\((2)\) \((1)\)で述べた定義に基づき、一般角\(\alpha, \beta\)に対して、$$\begin{eqnarray}\sin{(\alpha+\beta)} & = & \sin{\alpha}\cos{\beta} + \cos{\alpha}\sin{\beta} \\ \cos{(\alpha+\beta)} & = & \cos{\alpha}\cos{\beta}-\sin{\alpha}\sin{\beta}\end{eqnarray}$$を証明せよ。
方針
教科書に載っている定理であるが、出題当時東大受験生の大半が満足に答案を書き上げられなかったと言う。酷い話だが出題後に何冊かの教科書を調べた所、加法定理の証明が間違っていたものもあったそうである。
解答
\((1)\) 原点を中心とする半径\(1\)の単位円周上の点\(P(x, y)\)に対し\(x\)軸の正の向きから測った角度を\(\theta\)としたとき、\(x = \cos{\theta}, y = \sin{\theta}\)と定義する。
\((2)\) \(2\)つのベクトル\(\overrightarrow{a}, \overrightarrow{b}\)およびそのなす角\(\gamma\)に対しベクトルの内積を$$\overrightarrow{a}\cdot \overrightarrow{b} = \mid \overrightarrow{a} \mid \mid \overrightarrow{b} \mid \cos{\gamma}$$で定義する。\(\overrightarrow{a}, \overrightarrow{b}\)が平面上のベクトルで、\(\overrightarrow{a} = (p, q), \overrightarrow{b} = (r, s)\)であるとき、$$\overrightarrow{a}\cdot \overrightarrow{b} = pr+qs$$であることを証明する。下の図から、余弦定理を用いると$$\begin{eqnarray}\cos{\gamma} & = & \frac{OA^2 + OB^2 -AB^2}{2OA\cdot OB}\\ & = & \frac{\mid \overrightarrow{a}\mid^2 + \mid \overrightarrow{b} \mid^2 – AB^2}{2\mid \overrightarrow{a} \mid^2 \mid \overrightarrow{b} \mid ^2}\\ & = & \frac{(p^2+q^2) + (r^2+s^2)-((p-r)^2+(q-s)^2)}{\mid \overrightarrow{a} \mid \cdot \mid \overrightarrow{b} \mid} \\ & = & \frac{pr+qs}{\mid \overrightarrow{a} \mid \cdot \mid \overrightarrow{b} \mid}\end{eqnarray}$$となる。よって、$$\mid \overrightarrow{a} \mid \mid \overrightarrow{b} \mid \cos{\gamma} = pr+qs$$となり、\(\overrightarrow{a}\cdot \overrightarrow{b} = pr+qs\)となる。
さて、\(A(\cos{\alpha}, \sin{\beta}), B(\cos{\beta}, \sin{\beta})\)で決まる点\(A, B\)について定義から$$\begin{eqnarray}\overrightarrow{OA}\cdot \overrightarrow{OB} & = & \mid \overrightarrow{OA} \mid \mid \overrightarrow{OB} \mid \cos{(\alpha-\beta)}\\ & = & \cos{(\alpha-\beta)}\end{eqnarray}$$である。ただし、\(\cos{(\alpha-\beta)} = \cos{(\beta-\alpha)}\)に注意する。また、前半で示した事実を用いると、$$\overrightarrow{OA}\cdot \overrightarrow{OB} = \cos{\alpha}\cos{\beta} + \sin{\alpha}\sin{\beta}$$である。以上から、$$\cos{(\alpha-\beta)} = \cos{\alpha}\cos{\beta}+\sin{\alpha}\sin{\beta} \tag{a}$$を得る。この式で\(\beta\)を\(-\beta\)に置き換え、\(\sin{(-\beta)} = -\sin{\beta}\)に注意すると、$$\cos{(\alpha+\beta)} = \cos{\alpha}\cos{\beta}-\sin{\alpha}\sin{\beta}$$となる。また、式\((a)\)で\(\alpha\)を\(90^\circ-\alpha\)に置き換え、\(\cos{(90^\circ-\alpha)} = \sin{\alpha}\)および\(\sin{(90^\circ-\alpha)} = \cos{\alpha}\)に注意すると、$$\cos{(90^\circ-\alpha-\beta)} = \cos{(90^\circ-\alpha)}\cos{\beta} + \sin{(90^\circ-\alpha)}\sin{\beta}$$となり、$$\sin{(\alpha+\beta)} = \sin{\alpha}\cos{\beta}+\cos{\alpha}\sin{\beta}$$を得る。
解説
決して易しい問題ではない。そもそも三角関数の加法定理というものが余り美しい形をしていない。何故こんな式になるのかは下で説明する。語呂暗記を使って詰め込んでみても中々覚えられずに苦労している受験生も多いだろう。
\((1)\) これが三角関数の定義のひとつである。他に三角関数を定義する方法はあるが、大学レベルの知識を要する。\((1)\)から何をしたらよいか分からなかった受験生もいたことであろう。
\((2)\) 教科書では\(AB\)の距離に着目した証明を載せていることが多いが、思った以上に煩雑である。解答のようにべクトルを用いた方が速い。手持ちの教科書の証明も確認すると良い。解答の証明法で注意すべきは内積を二重に定義してしまわないように気をつけるということである。実は平面上のべクトルであるならば、内積は\(\overrightarrow{a}\cdot \overrightarrow{b} = \mid \overrightarrow{a} \mid \mid \overrightarrow{b} \mid \cos{\gamma}\)で定義しても、\(\overrightarrow{a}\cdot \overrightarrow{b} = pr+qs\)で定義しても同じで、どちらかの定義から片方を導く事ができる。このような基本的な問題では高級な知識を用いるとその使った知識が示すべき事柄から導かれることなのかもしれないという可能性を排除できない。示すべき事柄を使って示すべき事柄を示すという循環論法に陥ってしまう可能性がある。この可能性が排除できるならば幾らでも持っている知識は使って構わないと思うが、もとの問題を解くよりも大変になってしまうかもしれない。
なお余弦定理の証明方法になるが、ついでにここで示しておく。
三角形\(ABC\)について、\(\overrightarrow{AB} = \overrightarrow{c}, \overrightarrow{BC} = \overrightarrow{a}, \overrightarrow{CA} = \overrightarrow{b}\)とすると、$$\overrightarrow{a} + \overrightarrow{b} + \overrightarrow{c} = \overrightarrow{0}$$である。なぜならば、$$\begin{eqnarray}\overrightarrow{a} + \overrightarrow{b} + \overrightarrow{c} & = &\overrightarrow{BC} + \overrightarrow{CA} + \overrightarrow{AB} \\ & = & \overrightarrow{BA} + \overrightarrow{AB} \\ & = & \overrightarrow{0} \end{eqnarray}$$となるからである。変形して、$$\overrightarrow{a} + \overrightarrow{b} = -\overrightarrow{c}$$であり、両辺の絶対値をとり二乗すると、$$\mid \overrightarrow{a} \mid^2 + 2\overrightarrow{a}\cdot \overrightarrow{b}\cos{\angle{ACB}} + \mid \overrightarrow{b} \mid^2 = \mid \overrightarrow{c} \mid^2$$となる。\(\overrightarrow{a}\cdot \overrightarrow{b} = -\mid \overrightarrow{a} \mid \mid \overrightarrow{b} \mid \cos{ACB} \)であるから(なぜマイナスがつくのかというと、\(\overrightarrow{a}\cdot \overrightarrow{b} = \overrightarrow{BC}\cdot \overrightarrow{CA} = -\overrightarrow{CB}\cdot \overrightarrow{CA}\)だからである)、代入すると余弦定理が導かれる。この証明では内積の定義以上の知識を用いていない事に注意する。また\(\angle{ACB} = 90^\circ\)のときこれは三平方の定理になっている事に留意すると良い。さらにこの式を\(\displaystyle \cos{\angle{ACB}} = \frac{\mid \overrightarrow{a} \mid^2 + \mid \overrightarrow{b} \mid^2 – \mid \overrightarrow{c} \mid^2}{2\mid \overrightarrow{a} \mid \mid \overrightarrow{b} \mid}\)と変形すると、\(\mid \overrightarrow{a} \mid^2 + \mid \overrightarrow{b} \mid^2 – \mid \overrightarrow{c}\mid^2 > 0\)のときに\(\cos{\angle{ACB}} > 0\)となり、\(\angle{ACB} < 90^\circ\)、つまり\(\angle{ACB}\)は鋭角、などというように暗記なしに知識が広がっていく。これが数学の勉強の醍醐味である事は言うまでもない。特に三角関数の分野に関しては加法定理のみから実に多くの公式を導く事が出来る。理解すべきは加法定理のみでそこから二倍角の公式にしろ三倍角の公式にしろ自由に導ける。大学に進学した後の数学の勉強でも定理を暗記するより定理の証明を暗記する勉強が望ましい。紙に定理だけではなく定理の証明を何回も何回も書く。すると定理から導かれる様々な事柄も自然に流れの中で理解できてしまう,という訳である。
閑話休題。三角関数の加法定理の証明についてであるが、大学で学ぶオイラーの公式を用いると次のようにあっさりと済んでしまう。加法定理を覚えるだけならばこっちの方が簡単である。
Eulerの定理:$$\exp{ix} = \cos{x} + i\sin{x}$$が成り立つ。ただし,\(i^2 = -1\)、\(x\)は任意の複素数である。
この定理を使い指数法則を認めると、加法定理は次のように証明される。\(\exp{i(x+y)} = \cos{(x+y)} + i\sin{(x+y)}\)となる。指数法則より\(\exp(i(x+y)) = \exp(ix)\exp(iy) = (\cos{x}+i\sin{x})(\cos{y}+i\sin{y})\)となる。両辺を展開すると加法定理を得る事が出来る。
この問題が出題された当時、回転行列や複素数を使った解答は、循環論法になるのでゼロ点だという言説が取り沙汰されたが、実際には部分点は認められたそうである。また、大学で学ぶ級数の知識を用い合格した受験生もいたという。
関連問題
1983年東京医科歯科大学数学問題1 平均値の定理と論証
1990年東京大学理系前期数学問題2 チェビシェフの多項式、難問
1991年東京大学理系数学問題4 チェビシェフの多項式
1996年京都大学理系後期数学問題1 チェビシェフの多項式
1999年東京大学後期理系数学問題1 積分と数列、実験の重要性
2002年度東京医科歯科大学前期数学問題2 3次関数と変曲点
コメント